みやぎ憲法九条の会は、2006年3月の結成以来、「憲法9条を守る一点」で一致する運動に取り組んできました。憲法9条は、再び戦争によって命が奪われ、暮らしが破壊されないための国家規範だからです。
この立場から、私たちは、2011年3月11日の東京電力福島第一原子力発電所 (以下、福島第一原発) の過酷事故を深刻に受けとめ、「原発は廃絶に向け、再生可能な自然エネルギーに転換すべきである」との考えに達しました。
福島の原発事故では、多くの住民が、避難を余儀なくされ、暮らしと生業を奪われ、放射能汚染におびえる事態に追い込まれています。また国の内外に大きな影響を及ぼしています。原発の内部の状態は詳細には分からず、4号炉の危険性も指摘されています。海洋汚染、山林原野の汚染も続き、広がっています。いまだ事態の収束には程遠い状況です。これらの事態は、住民の「命と暮らし」をおびやかすものであり、憲法が保障する「平和のうちに生存する権利」(前文)を始め、「生命、自由及び幸福追求の権利」(13条)、「居住及び職業選択の自由」(22条)」、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(25条)などの諸権利を著しく侵害するものです。
原発の「安全神話」は、福島第一原発の事故がもたらした過酷な現実によって、根底からくつがえりました。私たちは、原発の存在を深刻に考えて来なかったことを深く反省するとともに、原発は人間らしく生きていく上で不可欠である上記の諸権利とは相容れないものであることを再認識しました。そして、この原発を地上から廃絶することは、憲法9条を守り戦争を阻止することと同様に、主権者としての私たちが、現在および将来の人たちに負っている重大な責務であると考えるにいたりました。
加えて、日本は世界でも屈指の地震国であり、今後福島同様の事故が起きる危険性は否定できません。日本が原発への依存を脱却することは全世界の人々への責任でもあると考えます。
さらに、見逃せないことは、原発は核兵器製造につながる危険性を持っていることです。かつて防衛大臣を務めたある政治家は、「原子力発電は、原子力潜水艦から始まったものです。・・・日本は『核』を作ろうとすれば一年以内に作れる。それは一つの『核抑止力』です。それを本当に放棄していいのでしょうか」と述べています(2011年8月16日放映、東日本放送「報道ステーション」)。これは、これまで原発を推進してきた歴代政権と、いま原発の再稼働を行おうとしている政・財界の本音を語っています。原発を推進してきた勢力と憲法9条の改憲を主張する勢力とは重なり合っているのです。このことは、広島・長崎の悲惨な体験を経て、憲法9条を手にすることのできた私たちとして、決して看過しえないことです。
今年の5月5日、女川原発をはじめ国内に現存する50基の原発が全て停止となりました。多くの国民は原発に依存しないエネルギー政策を求めています。原発が止まった今、どのような未来を選択するのかという見地から、エネルギー政策を見極め、再生可能な自然エネルギーへの転換を図るべきです。
それにもかかわらず、野田内閣は6月16日、大飯原発の再開を決定しました。福島原発事故の総括も進まず、今後のエネルギー政策も新しい規制庁も決まっていない中での再開決定であり、暴挙としか言いようがありません。
以上を踏まえて、私たちは、県民の皆さんとともに以下のことを国などに求めていきたいと考えます。
- 国は原子力に依存せず、再生可能な自然エネルギーを中心とするエネルギー政策への転換を早急にすすめること。
- 国は大飯原発の再稼動を取り消し、女川原発などすべての原発の稼働を再開しないこと
- 東京電力及び関連企業と国は福島第一原発事故に起因するすべての被害に対し、一日も早く全面的な賠償または補償を行なうこと
- 国・自治体・東京電力は世界の英知を結集して事故の被害拡大防止に努め、生活と生産に必要な除染を安全に実施し、原発事故にあわれた人たちの暮らしと仕事を、早急に再建・再生できるように全力をあげること
- 国は原発の廃絶にあたっては、国策により原発を推進してきた責任として、それに依存せざるを得なかった住民の生活や地域経済を支えるため、地域産業おこしなど強力な国家的措置を講ずること